2018年2月10日土曜日

「かつての宿場町なばり町を歩く」(3社沿線クイズ&スタンプラリー)

2018年2月9日(金)

名張まで行ってきた。久しぶりの「3社沿線」である。今日はあまり時間がないので急ぎ足になりそうだ。

駅に降り立つと日差しが温かい。最強寒波と言われる今シーズンなので、これでも平年並みのようだ。歩くには都合がよい。


最初のポイント、名張藤堂家邸後に行ってみた。見学するかどうか様子を伺っていると受付の窓口からおじさんが顔を覗かせた。「入れますよ~」、と言われれば見学するしかあるまい。無料かと思いきや200円を徴収された。ならば、じっくり見学しよう。



 
名張藤堂家は、かの藤堂高虎の養子高吉にはじまる。文禄、慶長の役には朝鮮に渡海し、関ヶ原の戦いでは徳川家康に味方する。紆余曲折を得て名張に移住したのが寛永13年。名張の町の発展の基礎を築き92歳で生涯を終える。藤堂家はそれ以降、明治維新まで名張を統治し、子孫は現在東京に在住されているらしい。



 
時代劇で見た厠だ。


急いでいるくせに思わぬ時間を過ごしてしまった。
ポイントではないが、MAPにある水門を目指す。


どうと言うこともなかった。

「一の鳥居」
宇流冨志禰(うるふしね)神社の参道の始まりらしい。
いつもながら神社の漢字の読みには悩まされる。


街路灯には「初瀬街道」の看板が。
京・大和方面と伊勢を結ぶ街道で、現在の松阪市六軒から青山峠を越え、名張を経て奈良県の初瀬(長谷)へと至る歴史街道です。


よくある名前の商店街の名前「サンロード」、時間帯もあるのだろうが人けがない。

 
表具師との看板があった。帰ってから調べてみると、
「表装を職業としている人を表具師または経師という。主な仕事内容は、掛軸、屏風、衝立、額、巻物などの修理から、襖の新調、張替えなども含まれる。」とのこと。
そういえば実家には衝立があったのを思い出したが、最近は都会では見ることも少ないのではなかろうか。


次のポイントとしては「江戸川乱歩生誕地碑広場」であるが、曲がる道が分からない。結局逆の方向から辿り着いたが、ここが入り口だとわかる人はいまい。





旧細川邸やなせ宿。



この後しばらく名張川沿いを歩く。目指すは最終ポイントの名張中央公園。





野球場、陸上競技場、体育館があり、かなり立派な総合運動公園になっている。4月には桜並木で桜まつりが開催されるようだが、今の季節は広い分だけ寒々としている。




この後時間節約のためコンビニでパンを買って昼食にした。ほんとコンビニはどこにでもあるから助かる。駅前で名物の名張まんじゅうを買って帰路に就いた。

総距離約9㎞。3社沿線も10コース中、山陽電車の3コースを残すのみとなった。


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